島唄ナイト vol . 9 開催!(2005年3月13日)
住吉能楽殿史上初の映画上映とライブ!

 
 

島唄ナイト<第一部>
映画『地球交響曲(ガイアシンフォニー)第五番』の上映

昨年、『地球交響曲(ガイアシンフォニー)第五番』の予習もなし、龍村監督のプロファイルも知らずに映画の試写会に参加しました。
『地球の声がきこえますか?』という問いかけでこの映画は始まります。
「一匹の動物としてニンゲンが生きていくコト」を映画は問いかけます。
動物が智恵と知識を持ち、力を持ち歴史を生きている(生きた)ニンゲン、その時間を精一杯生きている(生きた)ニンゲンたちが、それぞれの地球やヒトに対する愛情や慈しむ気持ち、生きて行くヒトへの励ましを、自分の体験や研究の成果を通じて語ります。イタリア在住の日本食が好きなピアニストで哲学者、未来学者のアーヴィン・ラズロー博士は科学的な理論で自然と宇宙とニンゲンをつなぐ『目にみえない不思議な力』について語り、「すべての存在は時空を越えてつながっていること」を静かに提唱します。西表島在住の草木染め織り作家の<石垣昭子>さんは、布の元の芭蕉や福木は『私の使う分だけ』いただくといった自然との共存、島のルールをやさしく語り、島時間のサイクルに合わせて『てえげえ』な生き方を示します。他に『地球交響曲(ガイアシンフォニー第一番』から『第四番』の出演者たちが彼らの生きる「テーマ」をキラキラした瞳で語りかけてきます。

『地球交響曲(ガイアシンフォニー)第五番』の出演者の紹介とテーマ
○アーヴィン・ラズロー(哲学者、未来学者、ピアアニスト):「あなたが世界を変える」
○石垣昭子(染め織り作家):「完成はありません」
○ラッセル・シュワイカート(元アポロ9号宇宙飛行士):「科学技術は両刃の剣」
○14世ダライ・ラマ(チベット仏教指導者):「苦しみが慈悲を育てる」
○ジェームス・ラブロック(生物物理学者):「理論はあとからついてくる」
○ジェーン・クードル(霊長類学者):「必ず平和はよみがえる」
○名嘉睦稔(版画家):「何度想っても幸せはへりません」
○佐藤初女(森のイスキア主宰):「自然に生んでね」
○大野明子(産科医):「愛されて育つ子は、人を愛する能力が育つ」
○野澤重雄(植物学者:故人):「神とは自然の高度なメカニズムのこと」
○ジャック・マイヨール(海洋冒険家:故人):「生と死は同じ事の裏と表である」
○星野道夫(写真家:故人):「目に見えないものに価値を置く社会に惹かれる」
映画:『地球交響曲(ガイアシンフォニー)第五番』の問いかけ、あなたにはどんな『地球の声』が聞こえるのでしょうか?

[HP]→ http://gaiasymphony.com


島唄ナイト<第二部>
【えま&慧奏/こやまよしこ&マサハ】ライヴ(約90分)

昨年の「島唄ナイト」で好評を博したユニットのライブでお楽しみ頂きます。
淡路島から【えま&慧奏】沖縄からは【こやまよしこ+マサハ】の出演。
両ユニットともに『地球交響曲(ガイアシンフォニー)第五番』の大フアンだと云うことで今回の出演に快諾頂きました。能楽殿で聴く、三線や二胡の静かでこころに染み渡る音、天から降り注ぐような歌声は、映画の余韻を再び天空に引き上げてくれるに違い在りません。

 

こやまよしこ】(唄、三線)
山口県生まれ。1994年より、沖縄民謡界の重鎮《大城美佐子》に師事し、1998年より二代目《ネーネーズ》
の一員として沖縄民謡、沖縄ポップスをうたう。
2002年にネーネーズを卒業した後ソロ活動開始、様々なミュージシャンと意欲的に共演する。
「マサハ」とのユニット<HANAUTA>で全国のライブ活動をおこなう。
昨年の6月には富士山麓朝霧高原にて開催されたネイティブ・アメリカンの精神的指導者チーフ・アーボル・
ルッキングースが提唱した「世界の平和と祈りの日」では嵐の中、4,000人と共に祈りの唄を捧げる機会にも
恵まれた。「島唄ナイト」は今回で4回目の出演。

マサハ】(ギター、パーカッション)福岡県出身。20代はインド、東南アジアやアフリカなどの旅に
明け暮れる。
1993年頃、沖縄に移住。陶芸を学びながら、音楽活動を始める。
1995年民族楽団ディンカドゥンク結成。1999年<ディンカドゥンク>でCD発表。
2002年ソロCD発表。以降、こやまよしことのユニット<HANAUTA>で1枚のアルバムを発表している。

[HP]→ http://www.h2.dion.ne.jp/~7Econconbe

えま&慧奏】◎えま(唄、二鼓、リラ)◎慧奏(ピアノ、パーカッション....etc)
ピアノをはじめ、自然素材で創られたオリジナル打楽器や民族打楽器を織りまぜ、独自のスタイルでマルチプレイヤーとして活躍する、<慧奏>中国の弓奏楽器・二胡、そしてリラや、ライアといった竪琴の弾きがたりで無国籍に唄う、<えま> 1990年代初頭、その二人によるデュオ・ユニットとして“えま&慧奏”は結成されました。「ニューエイジ」「ワールドミュージック」「エスニックブーム」「癒し系」と、様々なムーブメントの中でもてはやされながらも、そのどれにも属さない独特の世界は、『あめつちのうた』をキーワードに“普遍なるもの”が音のひとつひとつに息づき、「いのちの営みが感じられる音楽」と、オーディエンスの間で好評を博して来ました。音の原点から今を、未来をみつめてツアーする二人は、演奏活動にとどまらず幅広いスタンスで、その大きな輪を展開していきます。それは、“宇宙全体の幸せ”へ向けた、音楽の歩みのひとつです。

[HP] → http://www.yurai-works.com


平成11年度、福岡市有形文化財指定:住吉神社能楽殿
福岡市博多区住吉三丁目1番51号

大正時代、警固神社(福岡市中央区)の能楽堂が老朽化し演能困難になったため、昭和10年頃、能楽関係者から新たに住吉神社境内に能楽堂(福岡能楽協会長、故相葉佳風氏が記した銅板扁額には能楽殿と表記される)を建設する計画が興りました。住吉能楽殿は安川敬一郎氏、松本健次郎氏その他民間の寄付を得て、昭和13(1938)年秋落成、その後住吉神社に寄贈されたものです。昭和61(1986)年県立の大濠能楽堂の完成するまで西日本随一といわれ、九州はもとより全国の能楽師の演能の舞台となった能楽殿です。
舞台は、正統的な優れた技術によって伝統的な様式を遵守した格式と風格のある造りです。舞台屋根は桧皮葺、橋掛り屋根は柿葺、いずれも軒先のみを見せています。またいずれも天井は化粧屋根裏です。能舞台の三辺と橋掛り側面には様式通り白州(玉砂利)を巡らせています。見所(見物席)は板床で北側四段、東側三段で高低のある見所としています。天井は格天井。また地謡座の背後に貴賓席に充てたと見られる高欄付き桟敷を設けています。
舞台背面と側面の鏡板の老松・若竹は帝国美術院展覧会委員を歴任した福岡市生まれの水上泰生(明治10〜昭和26年)が画いたものです。 舞台床下に8個(現存7個)、橋掛り床下に3個の甕がうめられています。
近代の能楽史には、江戸幕府・諸藩の保護を受けられなくなった明治維新、関東大震災、太平洋戦争による焼失の三つの大きな危機があったと考えられます。一方、大正時代は東京音楽学校における能楽囃子科・能楽科の設置、皇居における宮中能楽場の新設、能楽協会の設立等、能楽の最盛期の時代であったといわれています。本格的な能舞台を伴った本能楽殿も、そのような時代背景をうけて昭和13年に建設されたものです。本能楽殿は当時の能楽堂の一つの手本であった宮中能楽場に似ており、それを手本にしたとする意見があります。
戦後昭和30年代頃から現在に至るまで全国各地で能楽堂の建設が相次いでいますが、こうした戦前の木造建築の能楽殿は全国に余り類例を見ません。また、内部の見所の形態や貴賓席にも戦前の能舞台の造作を見ることができ、戦前の最後に完成した能楽殿として建築史上にも貴重な価値をもつものです。
以上のように、住吉神社能楽殿は近代能楽史上の建築物として、また建築史上においては伝統的な様式と洋風の建築技術を一体にした劇場建築、近代和風建築として、福岡市のみならず全国的にも極めて貴重な建物です。
<福岡市教育委員会文化財整備課:資料より>

【住吉神社能楽殿の保存活用を支援する会】の活動とは?
[HP] → http://www.m-m21.com/nohgaku-kyogikai.htm

撮影:比田勝 大直
 

<主催>grepapa グレパパ福岡事務所
<後援>住吉神社能楽殿の保存活用を支援する会
<協力>勝山商店・sun studio・HAD・丹照堂・PAN ART NETWORK ・himalaya・CANDY・CLEMENCHIA
    友添本店・garage one・(有)リコラス・Me We・88・酒音処なべや・yellow division・GO WEST
    金細工またよし・pebbles・e-street graphics

<問い合わせ>グレパパ福岡事務所=092-762-5510 / E-Mail fe@grepapa.jp
<協賛>協賛企業交渉中

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